学費を納めてきた。

大学の学費53000円を納めてきた。
テキストが山のように送られてきた時期も終わり、
レポートや卒論を書かないと
(必然的に科目試験とか卒論指導もない)
なんだか「慶応大学」に学費を「ただ取り」されているようで、
少し「せつない」
それに証明写真の顔はどうして、
「悪人面」にしか写らないのか不思議だ。

父が脳梗塞で倒れて以来、生活が一変してしまった。
「高齢者医療制度」だの「介護制度」など、
遙か遠い世界のことだと思っていたのに、
最近は毎日のように、特養(特別養護老人ホーム)への申込書を書いている。

入所しているリハビリ専門病院は6月頃までしかいられない。
特養は500人~600人待ちは当たり前なので、
順番が来るのは遙か先のことになる。
(父が生きている間に、入所できるのだろうか?)
それでも、宝くじを買うように申込書を書いている。
申し込まないと「順番待ち」もできない。

老健(老人介護施設)は特養よりは可能性がありそうだが、
要介護4で(寝たっきりが5)糖尿病で胃瘻、不整脈で白内障だと正直?
に話すと体よく断られてしまう。
(空き部屋のないことは、事実なのだろうが)
「個室なら可能性があります」などと言われると、
なんだか足元を見られているようで、少したじろぐ。
父の年金で何とかなりそうなのは救いだが。
(誠実に働き続けた父の偉大さを思う)

入院生活が長引くにつれて「頭」も怪しくなってきた。
さすがに母や私のことを忘れることはないが、
痴呆症状が進んでいる。
老人の介護で一番つらいことは、
「希望」が見えないことだろうか。

いっそのこと文Ⅰ類に変わって、
老人医療や福祉制度をテーマにした卒論を書けば、
説得力のある論文がかけるのではないか・・
などと愚かなことを考えている。

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卒論で苦しむ1

卒論を書くために何冊かのハウツー本を読んでいる。
どの本にも共通する「論文作成の順序」は、
「テーマを決める」→「文献・資料の収集と検討」
→「執筆の準備」→「論文の草稿と清書」である。
自宅の蔵から貴重な古文書がザクザク出てきて、
それを資料に論文を書くというのは希なケースだろう。
(夢ではあるが蔵がない)

卒論のテーマは入学以前に決まっていた・・というか
そのテーマを研究したくて慶應通信で勉強を初めたのだが、
実際に「形あるもの」にしようとすると想像以上に難しい。

今は関連のありそうな専門書と論文を読んでいるのだが、
「回り道」をしているようで不安になる。
書きたいと思っているテーマで、
文献や資料が見つかるという見通も立っていない。

ただ、「卒業」するための「卒論」は書きたくない?・・そんなこだわりがあって、
自分のテーマで卒論を書く自信が出来たら、
「卒論指導」を受けようと考えてきたのだが・・。
素直に専門家(指導教員)の意見を聞いて、卒論を書き始めるべきなのだろうか?
毎日気持ちが揺れ動いている。

「12月に読んだ論文」

「近代仏教と国家神道」「国家神道と民衆宗教」「国家神道の宗教学的考察」
『国家神道再考』「国家神道論の再検討」「新編 靖国神社問題資料集」
「朝鮮総督府の神社政策おける国幣小社列格」「国家神道の地域社会史的研究」

今年の絵馬やおみくじを片付けたり、
お正月用の授与品の準備をしたりと、忙しい一日だった。

国旗掲揚塔に、日の丸を付けようと空を見上げたら、
真っ青な空に、銀色のセスナが飛んでいた。
日の光を反射して、小さなとんぼのように見えた。Photo
少し得をしたような気分になった。

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動物病院にて

我が家の猫がマーキング行動や求愛の夜泣きをするようになったので、
去勢手術を受けさせることにした。
少し可哀想な気もするが、
人間と共生するためには仕方がないことなのかもしれない。

嫌がるのを無理矢理ケージに押し込み動物病院にでかけた。
待合室は治療を受ける猫と飼い主でいっぱいである。
「猫好き」という共通項があるので、飼い主たちはすぐに打ち解けて、
小さな輪がいくつも出来ている。

30分ぐらいして少し待ち飽きた頃に、
重そうに猫のケージを抱えた、上品な老婦人がやってきた。
ケージの中にはアメリカンショートヘアーの子猫が入っている。
猫は怯えているのか、暴れ回り悲痛な鳴き声を出している。

空いたベンチに腰掛けた老婦人は、猫をなだめようと話しかけている。
「ねえクロちゃん、男はそんなに泣いたらだめよ。男は我慢するときは我慢しなくては・・」「ママだって子供を二人も産んだけど痛かったんだから・・」
「昔の男はみんな戦争に行って辛い目に遭ってきたんだから・・」

いつもこんな風に子猫に話しかけているのだろうか、
老婦人の話は止めどもなく続いている。

去勢のための予備検診とワクチン注射が終わって待合室に戻ってきた。
その時老婦人と「クロちゃん」の名前が呼ばれた。

待合室の前で老婦人が、猫の病状を訴えている。

「クロちゃんが昨日の夜に、金玉が痛いと日本語で言ったんです・・」
「クロちゃんはいつ日本語を覚えたのかしら・・」

猫が本当に日本語を話したにしろ・・老婦人の妄想にしろ・・
ざらざらの猫の舌で、顔を舐められたような気分になった。

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映画「シャッター」を見た

映画「シャッター」を見た。
元々期待していなかったが、期待に違わず駄作だった。

罪を犯してその報いを受けることに何の恐怖があるだろうか。
因果応報なら当たり前すぎて、話にもならない

本質的な恐怖が描けないなら、
テクニックで怖がらせるしかない。
だがそのテクニックも最低だった。

主人公の肩がこるのは、
怨霊が肩の上にのっているのだという、
あのシーンには笑ってしまった。

成功した「呪怨」が怖かったのは、「なぜそのような目に遭わなくてはならないか」
それに対する答えのない、不条理な恐怖だった。

人間が次々に殺されていくことに、何の理由もないとしたら

(殺す側にだけ明確な理由があり、殺される側にはそれに相当する理由がない)

これほど始末に負えないものはないだろう。

ここまで書いて、秋葉原の事件といい、インドでのテロといい・・
現実の方が映画より遙かに恐ろしいことに気がついた。
わざわざできの悪い恐怖映画を見る必要はなかった。

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悪夢を見るとき

「大阪府富田林市で16日未明、新聞販売所アルバイトの東川(ひがしがわ)達也さん(16)がひき逃げされ、約6キロ南で遺体で見つかった事件で、大阪府警は17日、死因は長距離を引きずられて頭を損傷したことによる脳挫滅(ざめつ)と発表した。府警は東川さんが引きずられたことで死亡したと断定。自動車運転過失致死などの疑いで逮捕した大工の市川保容疑者(41)に対し、殺人容疑での立件も検討する。」
                                          asahi com

あのサラリーマンを、車で引きずって殺した若者は、夢を見なかっただろうか。

思春期の頃から人を殺す・・正確には人を殺した夢をよく見た。
誰を殺したのかは分からない。殺された相手が見えたことがないからだ。
それどころか、相手を殺している場面を見たことがない。
もちろん夢の中での話だ。

誰をどんな理由で殺したのか、それが分からずに、
夢の中で、「人を殺した」ことに困惑して、凍りついている。

目覚めてからも、強い罪悪感が残って、「本当に誰かを殺したのでは」
と怯えたことが何度もある。

現実での罪悪感が夢に反映されて、自分を罰したがっている・・とか
先祖の記憶が遺伝している(非科学的だが)とか・・
さんざん心理分析やら夢判断をしてみたが・・悪夢の恐ろしさは変わらない。

中途半端な性格だから、「殺してやりたい」と思うほど人を憎めたことがない。
適当なところでバランスを取るか逃げ出している。

実際に行動するのは狂気にしても、
殺してやりたいと思うほど、人を憎めるのは才能だろうか。

今朝も、ダンボール箱に入れた死体を車に乗せて走り回っていた。
途中から、「いつもの夢だな」と気がついたが、腐敗臭が臭ってきて、
「早くしなくては」と焦っていた。

「後始末」に苦労しているところをみると、
少しは成長したのだろうか。

あの若者はどうだったのだろう。

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青天の霹靂

吾輩は最近「もらい食い」を覚えてしまった。
奥さんはもちろん、
この家の主人でさえ、
吾輩の「沈黙の圧力」には勝てない。

別に難しいことはない。
人間がおやつを食べているときに、
足元に座って、下から見つめるだけで良い。

たいていは、
「自分だけおいしいものを食べている」
と言う自責の念に負けて、
吾輩にもお裾分けが回ってくる。

ケーキやヨーグルト、ポテチや煎餅まで食べるようになった。
おかげで、野良猫時代のスリムな体型から、
デブ猫になりつつある。

人間のことわざでは、こんな状態を「自業自得」というが
猫の世界では「青天の霹靂Photo_27 」という。

まったく「甘い話」には裏がある

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この家の主人

この家の主人はよく本を買ってくる。
その本が家中にあふれ出す。
家族は眉をひそめているが、
本人は全然気づいていない。

吾輩の知っている限りでは、
本を買ってはくるが「読まない」。

本を買ってくると、
適当に本の山の上に置いておく。

知らないうちに、本がどんどん積み重なる。
思い出したように本を読もうとすると、
本を掻き分け掻き分け、大仕事になる。
結局・・本を見つけたことに満足して、
また積んでおく。

この家の主人を見るに、人間などというのは、
どうせろくなものではあるまい。

それよりも目下の重大事は寝ることである。
我が輩はよく眠る。眠ることも仕事だと心得ている。
猫だから仕事はしていないが・・

「よく寝るわねぇ~」と奥さんはあきれたように言う。Photo_24
寝る子=猫という説もあるくらいだから、
驚くには当たらない。
物の本によれば、一日に15時間は寝ていると書いてある。
まさかそんなには、寝ていないと思うが・・そうなのかしら
少し心配になってきた。

日中はベランダに面した廊下がお気に入りだ。
夜はリビングのテーブル下が定位置だ。
こn

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あっそう 首相

吾輩には選挙権がないので選挙には行かない。
この家の主人は選挙権を持っているが、面倒なので行かない。

奥さんは近くに住んでいる親友が、
某政党の支持者なので誘われて投票に行く。

この国はどうなってしまうんだろうかと、
猫の吾輩は悶々としている。

「あっ、そう」首相はいったい何を考えているのか。
だいたい、あの人は犬顔なので気に入らない。
猫顔の安倍さんが好きだった。

この家の住人は収入に見合った「約しい」暮らしをしている。
それなのに、吾輩の餌代が増えた。
贅沢を言わず、与えられた物を喜んで食しているが、
なんだか気兼ねしてしまう。

猫が安心して暮らせるような社会を作る、
立派な政治家を選んで欲しい。

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お天気の悪い日の猫

お天気の悪い日の猫は、いつもにもまして眠たい。
ある本によると、天気が悪く獲物が取れない日は
エネルギー節約の為、捕食動物は寝るのだそうだ。

我が輩は食事は十分貰っているので、寝なくても良さそうだが、
やっぱり雨の日は眠たい。

何の財産も持たない猫でさえ、
こんなに幸せに暮らしている。

失う物がないので気楽に生活できる。
人間も猫のように暮らしたら、ずいぶんと楽だろうに・・
余計なお世話だろうか。

人間は愚かである。
猫が人間と暮らし始めた古代エジプトから、
人間は少しも進歩していない。

人間の「愚かさ」とは、
自らの「愚かさ」に気がつかないことだ。
ソクラテスの『饗宴』『クリトン』『パイドン』
どれでもいいからで読んでみることだ。
それが無理なら、
猫の爪の垢でも煎じて飲むがいい。Photo_23

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代筆

今日の「猫」はなんだか機嫌が悪く、
ベランダから夕闇の迫る町並みを見つめています。
こんなときは、大好きなカニカマを持っていっても見向きもしません。

その厳しい横顔は、
人間には理解できない悲しみに、耐えているようです。

そんなわけで、今日は飼い主が代筆することにしました。
実家で飼っていた「犬」の話です。

死んだ弟が子犬を残していった。
自分のアパートで飼っていたが、大きくなって飼えなくなったので、
実家につれてきた。

名前は「太郎」
漢字が適当かどうか解らない。
柴犬と何かの雑種だ。

太郎が家に来てから、夜の散歩は私の仕事になった。
私が結婚して家を出るまで、太郎と夜の町を歩いた。
今年18歳。人間で言えば100歳近い。

耳も目もだめになって、散歩の時以外は寝ている。

元気な頃は、私の足に抱きつくようにしてすり寄ってきたのに、
今は何の反応もみせない。

その太郎が父と散歩中に行方不明になった。
リードを放すと、自由に散歩して家に戻ってきていたから、
父は心配しなかったらしい。

翌日も帰ってこなかった。
それから三日くらいたって、
方々探し回って「動物保護センター」で見つかった。

元気な若犬が走り回り、吠えたてる檻のなかで、
太郎はvictorの犬のように、腰を落とし前足を立ててじっとしていた。

全身びしょ濡れで、惨めな姿だったが「哀れ」ではなかった。
むしろ孤高で、気高かく見えた。
ふと98歳で死んだ祖父に似ているなと思った。

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